何が紙飛行機の基礎か

紙飛行機をうまく飛ばしたい。よく飛ぶ紙飛行機を作りたい。性能のいい紙飛行機の設計はどうしたらできるのだろうか。紙飛行機の形は単純だが奥が深い。専門的な中身はさておき、紙飛行機を作りながらいろいろ工夫するとき知っておきたいことを紙飛行機の基礎と言うことにしよう。
具体的には以下の点について必要な知識を整理しておこう:。
  • 飛行機の構造と各部の名前
  • 飛行機を浮かせる力=揚力の発生
  • 飛行機の回転軸と回転させる力の制御=の役割
  • うまく飛ぶ紙飛行機の条件=主翼は水平に飛ばなければならない
  • 主翼を水平に保つ工夫=姿勢の安定性

関連資料

参考とした情報

  • 小林昭夫:「紙飛行機で知る飛行の原理」,1998(12冊),講談社 ブルーバックス
  • 谷一郎:「飛行の原理」,1965,岩波書店 岩波新書
  • 英語ですがNASAの飛行に関するサイトが大変参考になります。気体の性質から飛行機、ロケット、凧まで幅広いテーマに適切な画像と簡潔な解説があります。
  • 同じく英語ですがJohn S. Denkerの"See How It Flies"というサイトも参考になります。本来は飛行機を操縦する人のために書かれたものですが翼の周りの空気の流れの図はわかりやすいです。

サイト内関連リンク


紙飛行機の形と揚力の発生

紙飛行機の各部の名称

紙飛行機は胴体と、主翼、水平尾翼、垂直尾翼の3つの翼で構成される(図1)。
主翼は機体の重量を支える揚力を発生する部分であり水平尾翼と垂直尾翼は飛行機の飛行姿勢を安定させる役割を持っている。
折り紙飛行機や、アルソミトラ型のグライダーは、外見上主翼以外の翼を持っていないものがあるが主翼の一部が水平尾翼や垂直尾翼の役割をしている。図1の飛行機と各翼の役割を理解することにより他の形のグライダーをよく飛ぶように調整できるようになる。


図1 紙飛行機の各部の名称

翼の周りの空気の流れ

 
図2は飛行機が着陸しているところを撮影したビデオから飛行機の部分を抜き出して一枚の画像に貼り付けたもので、飛行機の位置は同時に写しこんだ建物を基準に合わせてある(手持ち撮影のためフレームが固定していないのでその補正をした)。
着陸のとき、主翼の方向は飛行方向に対して上向きになっている。飛んでいる飛行機から見ると飛行機に向かって風が吹いてきていることになるが、風は主翼に対して斜め下から吹いていることになる(揚力は主翼に当たる風によって発生するが、これは静止した空気の中を飛行機(翼)が動いても静止した翼に風を当てても同じである)。
飛行機が運動する方向と機体(=主翼)の向きとは必ずしも同じでないことに注意しておく必要がある。
飛行機の3つの回転軸と回転の名称
図2 着陸している飛行機の機体の向きと飛行方向
図をクリックすると動画が見れます(wmv483KB)。
<解説>揚力は風速の2乗に比例し、迎角に比例して増加する。着陸のときは機体の速度=風速が低いため迎角を大きくして(実機では、同時に揚力を高めるフラッブをフルに使って)揚力を得る。そのため翼の方向と飛行の向き(風が当たる方向)との違いがはっきりとわかる。

図3は流れに対して傾けた平板の周りの空気の流れを示している。この図は

  • 平板の近くでは空気の流れは平板と同じ方向に変わる
  • 水平方向に流れてきた空気は平板を通った後はやや斜め下に方向を変えている
  • 平板の上側の方が下側より流速が早い

ことを示している。また図4は翼の周りの空気の流れを示していて、流れは平板の場合とよく似ている。
傾けた平板を通る空気の流れがこのように曲げられるのは空気や水のような流体が動くとき、流れはできるだけ翼などの物体の表面に沿って流れようとするためである。空気や水は、その運動に注目するとき流体と呼ばれる。流体力学は流体の運動を研究する学問の分野である。
揚力の説明は、上記2の現象から説き起こす方法と3の現象に注目して説明する方法とがあるが、ここでは前者(2)の立場で説明する。
平板の周りの空気の流れ
図3 傾けた2次元平板の周りの流れ

翼の周りの空気の流れ
図4 傾けた翼の周りの流れ

John S. Denkerのサイトから引用

翼は空気の流れの方向を変えて揚力を得ている

 
揚力は飛行方向=風の方向と直角の方向に発生する。風が吹いている方向に押される力は、ビル風や台風のときに風に押される力として体験でき、理解しやすいが、風が吹いている方向と直角に働く力が発生することを直感的に理解することは難しい。
図3や図4で水平方向に流れている空気が翼の表面に沿って流れの方向を下向きに変えるのは空気が翼に引かれているためである。空気が流れている方向を水平から下向きに変えるためには流れる方向と直角の方向に下向きに力がかかっていることになる(図5)。このとき翼は空気が下に引かれたと同じ大きさで上向きに引かれる(作用反作用の法則)。これが揚力の発生の説明である。空き缶倒しの実験では空気の流れによる力が押す力と引く力の2種類あることを実験によって体感できる。
揚力は流れに対する翼の傾き(迎角-むかえかく)に比例し、流速の2乗に比例する。
飛行機の3つの回転軸と回転の名称
図5 翼が空気を引き流れを下向きに変える。
翼は空気に引かれ揚力を得る。

飛行機の運動力学:ロール、ピッチ、ヨー

飛行機は翼を傾けて旋回する

離陸や着陸で近くを飛んでいる飛行機をよく観察すると、右に旋回するときは主翼を右(翼が下にくるよう)に傾けているし、左に旋回するときは主翼を左に傾けている。まっすぐ進んでいるときは主翼は水平に保たれている。右に示した動画(クリックすると動画が始まります。Quick Timeが必要です)では、はじめ主翼が右に傾き傾いたままで右旋回し、次に左に傾けて左旋回し最後に直進上昇する。
旋回する飛行機

図6 離陸後旋回する飛行機 QT 514KB

飛行機の回転軸はロール軸、ピッチ軸、ヨー軸

 
実験教室では「なぜ飛行機が飛ぶか」という問題に対して「翼が揚力を発生する、だから重い飛行機が空に浮いていられる=飛ぶことができる」と説明する。しかし揚力の存在は飛行のための必要条件で、十分条件ではない。
よく飛ぶ飛行機は糸を引くように真直ぐ飛び、機体の姿勢が変わらない。姿勢が変わらないのは飛行機の回転軸周りのモーメントがつりあっている(=0になっている)ためである。回転軸は、重心を原点とし、胴体、主翼をX、Y軸とする。Z軸はX、Y軸に直交する(水平飛行中の)垂直軸になる。胴体軸(X)周りの回転をロール、主翼軸(Y)周りの回転をピッチ、Z軸周りの回転をヨーと呼ぶ(図7)
飛行機の3つの回転軸と回転の名称
図7 飛行機の3つの回転軸と回転の名称
   ロール(X)、ピッチ(Y)、ヨー(Z)

飛行機の制御に使う3つの舵:エルロン、エレベーター、ラダー

 
飛行機には3つの舵が取り付けられている。エルロン(補助翼)、エレベーター(昇降舵)、ラダー(方向舵)である。
エルロンは主翼の両端についていて、左右逆向きに操作する。
エレベーターは水平尾翼の両側に取り付けられ左右同じ方向に動かす。
ラダーは通常1つで垂直尾翼に取り付けられている。
飛行機の3つの舵
図8 3つの舵(エルロン、エレベーター、ラダー)
     
図9 エルロン、エレベーター、ラダーの動き
(画像にマウスを乗せると舵が動きが表示されます- JAVAを有効にしてください)

エルロン(補助翼)で機体がロールする理由

   
左エルロンを上、右エルロンを下に動かしたとき左翼で気流が上向きに、右翼で下向きに変化する(図10)。図10は流れの変化を模式的に示したもので、変化の大きさをやや誇張して描いてある。
飛行中の気流は全体として翼により下方に押し下げられ揚力を発生する。エルロンを操作したときも両翼で揚力が発生していることには変わりはないがエルロンを動かしたことにより左右の揚力が異なることになる。
飛行機のエルロンによる気流の流れの変化
図10 エルロンによる気流の変化
図10のようにエルロンを操作すると左翼の揚力が減り右翼の揚力が増える。このため機体の主軸(X軸)周りの回転力が発生し、揚力の小さい左翼が下がり、揚力の大きい右翼が上がるような回転(ロール)を起こす(図11)。
紙飛行機の主翼がゆがんでいると、エルロンを操作したときと同じように左右の揚力がアンバランスになり、機体にはロールする力が働く。主翼がゆがんだ紙飛行機は、飛んでいる間常にロールする力がかかるので、このような機体は強く投げるとくるくる回りながら飛び、弱めに投げると右あるいは左に旋回して墜落する。
エルロンによる機体のロール
図11 エルロンによる機体のロール

エレベーター(昇降舵)の働き

   
エレベーターを動かすと水平尾翼に働く揚力が変化する。エレベーターを上に動かすと気流は上向きに変わり、揚力が減少する。そのため尾部が下がり機首があがる動き(機首上げピッチ)が起こる(図12)
エレベーターの効果
図12 エレベーターの効果

ラダー(方向舵)の働き

   
ラダーを動かすと垂直尾翼に働く力が変化する。ラダーを右に動かすと垂直尾翼の近くの気流は右向きに変わり、垂直尾翼を左に押す力が働く。。そのため尾部が左に機首が右に動く(右ヨー)(図13)
ラダーの効果
図13 ラダーの効果

飛行機の旋回 

   
飛行機は機体を傾けて旋回する(図6)。旋回する飛行機の軌跡は円弧の一部と考えてよい。図14に糸につるしてぐるぐる回しているボールにかかる力を示している。ボールには重力Wと糸の張力Tとがかかってこの力により旋回運動をしている。
張力Tを垂直成分Tvと水平成分Trとに分解する(図15)とTvはWに等しくなる(ボールは上下方向には運動していないので上下方向に力がつりあっている)。張力Tの水平成分Trは常に円の中心に向いていて、この力がボールを円運動させている。
ボールのある位置に飛行機を置いてみよう。飛行機がボールと同じ円運動をするためには、糸がボールを引いたのと同じ力が飛行機にかかる必要がある。飛行機を上に引く力は主翼に働く揚力であり、旋回するためにはこの揚力が糸と同じ方向に向かなければならない。
揚力は主翼面に垂直に働くため揚力の方向を傾けるためには主翼を傾けなければならない。逆に主翼を傾けると揚力が(飛行機の進行方向と直角な)水平成分を持つようになり、この力が飛行機の円運動をさせることになる。
飛行中に操縦手段を持つ実機やラジコン機では、図6で見たように、エルロンを操作して機体を傾け、エルロンを戻して傾きを一定に保ちながら旋回する。旋回が終わるとエルロンを逆向きに操作し機体の姿勢を水平に戻して直線飛行に戻る。
糸につるしたボールをまわす
図14 糸につるしたボールをまわす=飛行機の旋回

糸につるしたボールをまわす
図15 糸につるしたボールにかかる力のつりあい

ラダーと垂直尾翼の働き

 
ラダーは機体の方向を変える舵である。自動車の舵と同じように思われがちだが、機体の向きを変えるだけで直接運動方向を変える働きはない。
飛行機の操縦では、エルロンを使って機体を傾けるとともにラダーを使って機体の向きを変えて旋回する。機体を傾けることにより運動の方向を変えることができるが、機体の向きは変わらないのでラダーで飛んでいく方向に向きを変えるのである。図16にエルロンのみ、ラダーのみ、およびエルロンとラダーを同時に操作したときの機体の向きと飛行軌跡を模式的に示した。
ラジコン機ではエルロンだけで旋回させることが多い。機体によってはラダーだけで旋回させるものもある。エルロンだけで旋回できるのは垂直尾翼が機体の向きを運動方向に向ける働きを持つためである。
右に曲がるようにラダーを操作すると機首が右に動く(ヨー)。ヨー運動をしている間は、左翼は右翼より速く動いている。そのため翼に働く揚力も左翼の方が大きくなり機体は右に傾き右旋回する。
飛行機の軌跡
図16 エルロンとラダーを操作したときの動き
(模式図)

ピッチ制御:エレベーターと水平尾翼の働き;重心位置の重要性

 
エレベーターは、機体の前後方向(ピッチ軸)の回転運動を制御するために用いられ、水平尾翼は機体の(前後方向の)傾きを安定させる働きをする。傾きが一定で飛行できるためにはピッチ軸のモーメントの釣り合いが保たれている必要がある。垂直方向の力のみを考えると、機体には主翼に働く揚力、水平尾翼に働く揚力、重心位置に働く機体重量(重力)の3つの力が働く。主翼揚力が働く位置(揚力中心)と重心位置の前後により、重心周りのモーメントがつりあうために尾翼に働く揚力の向きが上(図17a 重心が揚力中心より後のとき)あるいは下(図17b 重心が揚力中心より前のとき)になる。
主翼と水平尾翼の形と位置を決めると最適な重心位置が決まる。重心位置はたとえば機首に重りをつけることで調整できる。自分で設計した紙飛行機を作るときは、飛行機を作った後で、試験飛行をしながら重りを調整して最適な重心位置にあわせる。
重心を揚力中心より後に置いているのはグライダーなど、滑空性能(滑空比=飛行した距離÷降下した高さ)を重視する飛行機や、紙飛行機などであり、操縦性能を重視する飛行機では重心位置は揚力中心より後に置く。
水平飛行をしている機体の速度が少しだけ増えた時を考えてみよう。このとき主翼と尾翼に働く揚力は同じ割合で増える。そのためピッチ軸のモーメントは相変わらずつりあったままであり、飛行機の姿勢は変わらない。これが水平尾翼がピッチ安定性を実現するメカニズムである。
エレベーターを上向きに操作したとき(図12)機体は上向きになる。機体が運動する方向は変わらないため主翼は飛行方向(=風が主翼に当たる方向)に対してより大きな角度を取り(主翼の迎角が増え)、揚力が増加する。増えた揚力により機体は上昇する。
推進動力を持つ飛行機の場合には推進軸が上向きになり推進力により上昇する効果も加わる。
飛行機にかかる力のバランス
図17a 重心周りのモーメントバランス
(重心が揚力中心より後のとき)
飛行機にかかる力のバランス
図17b 重心周りのモーメントバランス
(重心が揚力中心より前のとき)

上反角によるロール安定性

 
紙飛行機は主翼が水平になっていないとうまく飛ばない。よく飛ぶ紙飛行機の必要条件の一つに主翼をを水平に保つ働きが備わっていなければならない。この働きをロール安定性と呼んでいる。多くの紙飛行機は主翼に上反角をつけてロール安定性を確保している。
上反角は主翼が水平面となす角でストローグライダーの設計上反角は15度である。15度は模型飛行機としてもやや大きい(普通5-10度)。
飛行機の旋回の解説で見たように、主翼が傾くと傾いた方向へ引く力が働く。そのため飛行機は進行方向に進みながらその直角方向に横滑りする(図18)。この横滑りにより主翼には横方向からあたる風を受ける。主翼に上反角が付いていると傾いた側の主翼(図18左翼)は大きな迎角で、その反対側の主翼(右翼)は小さな迎角(図の場合には負の迎角)で風を受けることになり、傾いた下側の翼が上側の翼より大きな揚力を受ける。その結果主翼を水平方向に右ロールさせる力が発生する。
上反角によるロール安定性は、上反角が大きいほど高くなる。
重心位置によるピッチ軸の動き
図18 上反角のある主翼のロール安定性
(ピッチ軸)

初版:2007.8.31
字句訂正:2009.11.29