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◇コラム
『コラム1 地山謙の精神(新井白蛾師の書物を読んで)』
 昨年一年を振り返ってみると、多くの出来事がありました。公私ともに、これほど変化に富んだ年はかつて経験したことがありません。それだけに、私にとっては貴重な学びの年でした。多くの出来事の中には、辛いこと悲しいこともありました。が、素晴らしいこと嬉しいことも多大に存在した年でした。

 一つは、共に学び合える学生に出会えたこと、そしてもう一つは、心の糧となる先人の教え(古典)に出会えたことです。多くの書物の中で今一番心に惹かているのは、18世紀江戸時代後期の易学の大家新井白蛾師の一連の著書です。新井白蛾師は、一般にはそれほど知られてはおりませんが、知る人ぞ知る江戸時代の漢学者で、特に易学に秀でており、影響を受けた人には、高島易学開祖高島嘉右衛門や夏目漱石,安岡正篤などがいます。師の著書「古易精義」から始まり、可能な限り師の著書を集めてしまいました。とりわけ「易学小セン(竹冠に全)」は心に残っています。「易学小セン」は,江戸時代にかかれた易経の解説書で、基本の八卦とそこから派生する六十四卦を綿密に解説しています。昨年一年を省み、又新しい年の抱負を考えるにあたり、その『地山謙』の項を心にとどめておきたいと思いますので、ここにご紹介します。

《地山謙ヘリクダル》山に登りて平安之象 物を称りて施しを平らにする。の意

 この卦は先に屈で後に伸ぶるの卦なり。故に始めには調いがたく苦労多くものごと不自由なれども後には利必ず来る。万事ひかえめにすると吉又人に随いて吉。自身剛気を出せば凶なり。謙は遜とて人に高ぶらず、礼謝をいうなり.へりくだると訓ず。諂るに非ず。

又欄外の注釈に徳有りて自ら卑小にするの義なり。山の高きを以って地の下にあり是謙なり。又始めなきが如くしてよく終わりあり。百事吉 辛苦難儀を堪忍〆自ら正を守るごときは不霊の好事来る。和順なれば必ず達す。強情にて人とたがう意あれば大凶悔いあり。

 山に登りて平安之象とは険しい山を乗り越えると謙譲謙遜の精神が芽生えて平安を得られるということでしょうか。物を称りて施しを平らにするとは、謙譲謙遜の精神という称りで自分の持てるものを平等に施すということでしょうか。更に、万事ひかえめにすることが吉を呼び、又剛気は凶だと述べております。注釈には謙孫謙譲は、徳を持って自らを低く見せることとあり、例えとして山の高きを以って地の下にあるとあります。また、苦労に耐えて正義を全うするとよい事があるとも、和順であるならば必ず達成でき、又強情で人と争うことは大凶であるとも書かれています。

 私はこの文章を読んで王樹金老師ほど地山謙を実践した方はないと思いました。師はまさに山の如く徳を積み上げながら地の下にあるが如く腰の低い方でした。そのことは太極拳の流派名に関することにもよく現れております。拙著「自強不息」にも書きましたが、私は若い時に我が流にも権威をつけたいと思い、老師に流派名をつけようと提案したことがあります。以下はその部分の引用です。

「老師の太極拳に、名前を付けたらどうだろう。王派太極拳なんて、格好いいんじゃないかなぁ。」

 しかし、老師は、名前を付けることをとても嫌がっておられました。

「これは、歴代の先輩方の地と汗の結晶であり、遺産だ。私が一人で作ったものではない。太極拳は太極拳でいいじゃないか。」と。

 ただし、このことについて、老師は、著書「八卦連環掌」の中でこう述べておられます。

「もともと私が学んでいた拳法に、四連拳があった。その技法や動作は陳派太極拳に大変よく似ている。(なぜならば)台湾に来てから,台中で偶然に同門の陳峻峰師兄にお会いした。お互いに切磋し合い、持てる技を吟味し、太極拳になっていった。それが陳派である。」と。

 老師のおっしゃる陳派は、陳家溝(太極拳の発祥地)の陳派ではなく、陳峻峰師兄の陳派です。王派などの名前をつけるお気持ちのなかったことは、この文章からも明らかでしょう。

 老師の思い出はたくさんありますが、この流派名についてのエピソードは、老師のお人柄がよく伝わるものの一つだと思っています。わがままで短気な性格の私ですが、老師の弟子として、「地山謙」の精神を心に刻み、新しい年に臨みたいと思います。

 最後に、いつも私を支えてくださる皆様に、心より感謝の意を述べさせていただきます。

                        

                                    河野義勝

                                    2005年1月1日

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