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手紙
賢治先生へ

 東北の大地にも新幹線という超特急が走り、花巻から上野までわずか三時間で行ける時代となりました。

 賢治先生、あなたが頭の中の宇宙を“二次元”に翻訳する前に逝ってしまったので、弟さんをはじめ研究者の人たちは、いびつな四次元的構造をもった「銀河鉄道の夜」の原稿を前にして、ずいぶん苦労なさったようです。

 原稿用紙の上の世界というのは、作者が三次元的に認識しつつ、読者には二次元世界のみを提供しなくては、支離滅裂な作品になってしまうものですね(作者自身が二次元世界しか認識していないとあれば、うすっぺらな作品になりますが)。

 それを、何度も手入れして四次元的に書いてしまったものだから、あちらを立てればこちらが立たず、所詮は結論を出し得ない複雑な本文になってしまいました。

 学者には学者の方針があり、詩人には詩人の思いがあるようです。理屈のうえでは最も筋の通った本文が選ばれて、一般読者の前に提示されています。でも、私が出会った「銀河鉄道の夜」の一番好きだったシーンは異稿の一つになってしまいました。

 作品の最終形を決めるのは、だれなのでしょう。作者でしょうか。研究者でしょうか。歴代読者の声でしょうか。

 研究者はおそらく、命絶える間際の作者の意志を正確に再現しようとするのでしょう。削除の線がどの行までかかっているかとか、その書き込みは消したのか活かすのか、とか。でなければ、どう構成するのが作品として矛盾点なく、均衡がとれるか……とか。そうして、正しい形を決定することができたのだ、と考えるのでしょう。

 読者の思いは違います。どの構想が心をうつか、どの場面が好きか。登場人物と、どのように関わり合いたいか。たとえ文学的に破綻を抱えようと本文校訂の上で問題があろうと、銀河鉄道の一般乗客として最も感動を覚える形を捨てたくありません。原作者の意図に逆らってでも、それを読みつづけたいのです。

 どうか一か月ほど故郷に戻ってきて「銀河鉄道の夜」の原稿を整理してください。あのブルカニロ博士とジョバンニの会話を活かして完成させてください。あの箇所をふくんだ「銀河鉄道の夜」が、私の「銀河鉄道の夜」なのです。十四歳の私はそこで立ちどまり、銀河鉄道の全行程をふりかえり、「かなしいやうな新しいやうな」心持ちで胸いっぱいになって、地上に帰ったのでした。

 それから早くも二十年が過ぎ、亡くなったときのあなたの年齢に私も近づいてまいりました。

 あなたが生まれて九十九年めの夏。

 宮澤賢治 様

和木 浩子

(1995年8月執筆)

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