私達の雨ニモマケズ論争

　みやざわ・けんじの　雨ニモマケズを　ざせつのしだというひとがいるのよ　と、このだいはっけんを　すこしこうふんして　ゆうこにおしえた。
　みやざわ・けんじ　といえば、どのひとも　またどのひとも、こころのりっぱな　どうわさっか　としてほめて、雨ニモマケズは　よいこのおてほん　みたいに　いわれていたから、それを　つまらないからやめろ　というなんて、すごく　しんせんな　おどろきだった。
　わたし、そういうのは　だいすきなのよ　と、ゆうこはいった。ゆうこは　ぜつぼう、とか　ざせつ、とか　くのう、とかに　みりょくを　かんじていた。雨ニモマケズが　ざせつのし　なら、すきになれるかな　と、おもったみたい。
　ゆうこの　かんがえかたは　おとなっぽくて　いがいせい　があって　さんせいするのは　すこしこわいような　きがしたけれども　ひきつけられた。
　ただしい　りそうを　まっすぐに　みつめるのは、おとなのしゃかいでは　うそっぽくきこえるけれども　こどものせかいでは　あたりまえのことだ。しんじて　うたがわなかった　そういう　かちかんを　ゆうこはひっくりかえして　みせた。
　ひとつき　はやくうまれただけなのに　ゆうこはなんさいも　としうえのようだ。このひとはすごいなあ　と、かんしんした　けれども　ぜんぶ　うけいれてしまうのは　わたしのきもちが　ゆるさない。にんげんは　まえむきにいきなくてはいけない　と、わたしは　はんろんした。
　ゆうことわたしは　いつも、せいはんたいの　いけんをのべる。ゆうこは　だざい・おさむ　がすきで、わたしは　みやざわ・けんじ　がすき。わたしたち、ぜんぜん　かんがえかたが　ちがうね、といいあって　そういう　だきょうのない　つきあいをしていることに　ほこらしさを　かんじた。
　はじめて　雨ニモマケズを　よんだ　しょうがくせいのころ、ホメラレモセズ　クニモサレズ　なんて　このおとこ、アホか　とおもった　と、いったら、まあ　さめてらしたのね　と、ゆうこはわらいころげた。
　ちいさいころには　ほめられようとしないのは　しんぽするきがない　のと　おなじにおもえた。けだかいことのように　おもわれはじめたのは　いつだったろうか。
　ゆうこは　ちゅうもんのおおいりょうりてん　をよんで、みやざわ・けんじ　をみなおした。じゅんじょうばか　かとおもっていたの、とゆうこはいった。ゆうこは　じゅんじょうばか　をけいべつする。ブラックユーモアのわかるひと　だったのが　いたく　きにいったらしい。
　わたしは　なんといっても　ぎんがてつどうのよる　のせかい　がよかった。ゆうこはそんな　じゅんすいな　ともだちと　ふかく　つきあうことに　いみを　みいだしていたようだ。ゆうこは　じぶんのことを　よほど　ひねくれたにんげん　のように　いいつづけていたから。
　雨ニモマケズは　それまで　ふまのたいてん、だった。それを　ひていするひと　がいる　としって　わたしは　ときはなたれたきぶん　だった。ばかみたい　なことだけれども　ぶんがく、と　どうとく、が　ぶんりできたのだ　ようやく。
　わたしは　わたしのやりかたで　みやざわ・けんじを　すきでいれば　いい。
　ゆうこのたんじょうびに　くらた・ひゃくぞう、の　しゅっけとそのでし　をプレゼントした。ゆうこのはんのうが　しんぱいだった　けれども　ゆうこもこのほんを　すきになってくれた。
　にんげんはわるいものだ　という　しゅっぱつてんは　ゆうこの　きょうかんをよぶ　はずだし　わるいから　わるくなってしまえ　というのでなしに　わるいとおもいさだめて　あるがままに　いきていくことは　うしろむきのいきかた　ではない。
　ゆうこはじぶんが　ぜんらん、で　わたしが　ゆいえん、のようだ　といった。ちらりと　そんなことを　かんがえたことが　あったから　おもわず　どきり、として　そんなこと、かんがえたこともなかった、と　へんじをした。
　たんじょうびに　おたがいの　すきなほんを　プレゼントするしゅうかんは　なんねんか　つづいた。さいしょのとしに　みやざわ・けんじ　のほんをおくったら　ゆうこは　いつき・ひろゆき　のほんをくれた。これで　だざい・おさむ　をおくったら　かんどうてきだけど　などと　いいながら。わたしだったら、そうしただろう。おたがいの　いちばんすきなさっかの　ほんをおくりあう。そんな　できすぎのつくりごとを　ゆうこは　いやがる。
　ゆうこのすきな　さっかのひとり　つつい・やすたか、が　雨ニモマケズのパロディ、をかいていて、ふたりで　いっしょに　わらった。ゆうこは　わたしがそんなふうに　おおらかにわらうとは　おもっていなかった　らしい。わたしは　みやざわ・けんじを　やたらに　しんせいし　したりしない。だから、おもしろかったら、べつに　はらをたてたり　しない。でも　やっぱり、わたしは　雨ニモマケズ、を　きらいではない　とおもう。だいひょうさくには　あげたくない　けれど。
　ゆうこは　たんだいを　そつぎょうして、わたしより　２ねんはやく　しゃかいに　でた。そのころから　はなしが、かみあわなくなった。まだ　がくせいのわたしは　のほほんとして　ゆうこは　ひときわ　おとなっぽかった。２ねんご、わたしも　しゅうしょくして　これでやっと　たいとうにはなしができる　とおもったら、まもなく　ゆうこは　とおくにおよめに　いった。まるで　おむこさんに　ともだちを　とられてしまったみたい。
　ゆうこは　おとうさんが　こうちょうせんせい　だとか、おかあさんが　おちゃのせんせい　だとか、おにいさんがでた　しりつだいがく　というのが　わせだだいがく、のことだとか　ぜったいに　いわなかった。ものすごく　はずかしいことみたいに　かくして、みごとに　かくしおおして　しまった。あるときは　やきものに　めのきく　りょうけのおじょうさん　のところが　のぞいたりしたけれど　ゆうこはいつも　いしきして　あうとろー、のがわで　あろうと　していた。
　ぎぜん、にたいして　ぎあく、がある　と　わたしが　しんはっけんのように　いったら、ゆうこは　わるぶるのも　ひとつのぎぜんだ、という　けつろんに　たっした。ほんとうに　いっしょうけんめい　じぶんの　あたまと　こころで　かんがえていたね。ふたりとも。
　おんなの　ゆうじょうに　おとこがはいると　だめになる。けっこんした　ともだちとの　つきあいは　ながくはつづかない。だんだん　てがみが　まどおになり　いまのゆうこが　どんなひとか　わたしにはもう　わからない。だんなさんに　どくけを　ぬかれて、ありきたりのおくさまに　なってしまって　いるかしら。はは、である　ことが　ひと、としてある　ことを　かえてしまって　いるかしら。
　もう　あのじかんは　もどって　こない。

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