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銀河鉄道の朝(あした)


カムパネルラさんは

ほんたうの幸ひを探して

とほくに行きました。








 一、朝(あさ)の授業

「今日はみなさんに悲しいお知らせをしなくてはなりません」
 朝の礼を済ませると、先生はすぐに云いました。

「ご承知だと思いますが、ゆうべ、カムパネルラさんがなくなりました。川で溺れたお友達を助けるために、飛びこんで、そのまま沈んでしまったのです」
 先生の顔いろは青ざめ、目はまっ赤に腫れていました。

「カムパネルラさんは、いいことをしたのですから、きっと天上へ迎えられたでしょう。みなさん、カムパネルラさんのために祈りましょう。けれども、みなさんは天上よりももっといいところをこの地上にこさえなくてはなりません。どんなにいいことをしても、死んでしまってはいけません。お友達を亡くしてどんなに悲しかったか、今日の気持ちをずっと忘れずにいてください」
 みんなはしぃんとして先生の語(ことば)に聞き入っていました。

「それから、カムパネルラさんが亡くなったことで、とくにつらい思いをしているお友達がいます。だれだか、わかりますか」
 先生はみんなを見まわしました。
 ジョバンニは自分の前の、ぽつんと空いた席を見ました。花を飾られたカムパネルラの席のほかにもう一つ、空いたままになっていたのがその席でした。

 先生はジョバンニのようすに目を留めてうなずきました。
「そうですね、ジョバンニさん。それはザネリさんです。みなさん、ザネリさんが学校に出て来たら、あたたかく迎えてください。つらい思いをしないよう、気をつけてあげてください。今日は授業はありません。このままお帰りなさい」
 先生はそう云うと、頭を抱えて教卓に突っ伏したのでした。

 二、道

 カトウやマルソたちは教室の後ろに集まって、カムパネルラの家に行く相談をしていました。カムパネルラのお父さんが、放課後うちへ遊びに来るようにと誘ったのです。

 けれども、ジョバンニはその仲間に加わらず、ずんずん学校の門を出ました。歩いて歩いて川の近くまで歩きました。

 その朝も変わらずジョバンニは新聞を配りに出かけ、カムパネルラの家にもまわっていました。ふだんはしぃんとしているのに、家の中ではせわしく人の動く気配がして、少し開いた戸のすきまから、戸口にたくさんの靴が脱いであるのが見えました。犬のザウエルが箒みたいなしっぽを垂らしてジョバンニの臭いをかぎ、くんくんと鳴きました。ジョバンニは胸が裂けそうな気がして、カムパネルラの家を離れたのでした。

 前の夜あんなに人が集まった河原は、ほとんど人の影もなく、川の面に風景がくっきり映っていました。まるで美術の本の風景画を切り取ってきたように見えました。

 ジョバンニはとぼとぼと河原を歩きはじめました。

 三、ザネリの切符         

「ザネリ、学校のお友達よ」
 そう云いながら、ザネリのおっかさんが室(へや)の中をのぞきますと、ザネリは白い布団をひき被って寝(やす)んでいました。
 ザネリは誰だろうというふうにこっちを向き、ジョバンニの顔を確かめて、目をまるくしました。

 おっかさんがいってしまうと、ザネリはにわかに起きあがり、叫ぶように云いました。
「ジョバンニ、何しに来たんだい」
「話をしにきたんだよ」
 ジョバンニはひるみそうになりながら、なんでもないという表情をつくろって云いました。

「昨日の夜、ケンタウル祭の最中に、ぼくはいつのまにか寝入って夢を見たんだ。気がつくと、ぼくは汽車に乗って、銀河の旅に出ていた。カムパネルラといっしょだった」
 ザネリはぎくりとしたようにジョバンニを見ました。
 ジョバンニはかまわずに話しつづけました。水死した青年ときょうだいのこと、鳥を捕る人のこと、切符のこと、蠍の火の話などを。上手に話せなくて、できごとが後になったり先になったりしながら、ジョバンニはいっしょうけんめい伝えようとしました。
「どこまでも一緒に進んで行こうって、僕はカムパネルラに云った。でも、カムパネルラはひとりで遠くへ行ってしまった」

「僕が死んだほうがよかったんだ。みんなそう思っているんだ」
 ザネリの頬は熱(ほて)り、燃えるように赤くなりました。
「そうじゃないよ」
 ジョバンニはきっぱり云いながら、心の奥でそんな気持ちが浮かび上がらないように、いっしょうけんめい心を静めました。

「家に帰ってから、その夜、僕は夢のつづきを見た。黒い大きな帽子をかぶった人があらわれて僕にこう云った、『おまえが会うどんな人でも、いっしょに苹果を食べたり汽車に乗ったりしたのだ。だれもみんなカムパネルラだ。あらゆるひとのいちばんの幸福をさがして、みんなと一緒に行くがいい。そうすれば、おまえはカムパネルラといつまでもいっしょに行ける』。その人は僕にいろいろのことを教えてくれ、いつのまにかブルカニロ博士という人と入れ替わっていた。もしかしたら、二人は同じ人だったのかなあ。ブルカニロ博士は銀河鉄道の切符をポケットに入れてくれた。僕、目が覚めてからもその切符を持ってたんだよ」
 ジョバンニは小さく折った緑いろの紙をポケットから取り出しました。
「もう一つある」
 ジョバンニはつづけて赤い小さな切符を取り出しました。
「これはきみの切符」
 ジョバンニはザネリの手を取って、切符を握らせました。ザネリの手は熱っぽく、汗ばんでぬれていました。

 室の窓からはすっきりとした明るい空が見えました。
「たぶん銀河鉄道は今も走っているんだよ。昼間は星が見えないけれど、明るいときでも星は空にあるんだもの。カムパネルラはそこにいる」

 その夜、ジョバンニはザネリを誘って、河原に星空を見に出かけました。
 北の海からしばらくぶりにお父さんが帰ってきたので、病気のお母さんをおいたまま安心して家を空けることができたのでした。
 南の地平には、ルビーよりも赤くすきとおった星がきらめいていました。

(おわり)

※この原稿は、2002年8月30日、ふくやま文学館で行われた地方セミナーの席上での天沢退二郎氏のご発言に触発されて書いたものです。
 もちろん当方が一方的に触発されたもので、天沢先生は拙稿について一切関知されていません。

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