顕正寺では、8月16日(火)に、お施餓鬼法要を厳修致します。お施餓鬼とは、「餓鬼に施しをする」と書かれているとおり、生きている人間が餓鬼道に落ちて餓鬼(飢えた鬼)となった霊を供養するための法要です
お施餓鬼の歴史は古く、その由来や法要の目的も時代によって変化してきました。では、お施餓鬼とは具体的にどのようなものなのか、由来と目的を解説してまいります。お施餓鬼の由来は仏教ですが、その説をたどっていくと次のような3つに分かれています。しかし、それぞれの説にはきちんとした意味があり、知っておくとお施餓鬼に参加したときの心構えが変わります。では、お施餓鬼の由来にはどのような説があるのか、現在に語り継がれている3つの説を紹介します。
1つ目の説は、「焔口餓鬼陀羅尼経(くばつえんくがきだらにきょう)」というお経から来ているというものです。
ある日、お釈迦様のお弟子の一人である阿南(アナン)尊者の前に焔口(エンク)という名前の餓鬼が現れ、阿南尊者に「お前の寿命はあと三日で尽きてしまい、死後は自分のような餓鬼になる」と告げました。阿南尊者がこのことをお釈迦様に相談すると、「お経を唱えながら餓鬼に食べ物を施しなさい、お経を唱えることでほんの少しの食べ物が増えて多くの餓鬼が救われるので、あなたは寿命が延びて悟りを拓く(ひらく)ことができます」と教えを説きます。阿南尊者がお釈迦様の教えに従ってお経を唱えながら食べ物を施したところ、多くの餓鬼が満たされて阿南尊者の徳が積まれ、長生きすることができました。このお経はこの教えを伝えているもので、生者・死者を問わずに他の人に分け与える心の大切さや、苦しんでいる人を助ける気持ちの尊さを学ぶため、お施餓鬼の法要が行われるようになったという説です。
盂蘭盆会とは、いわゆるお盆の行事の元になったもので、こちらも仏様の教えが伝わっています。お釈迦様のお弟子で遠くを見ることができる「神通力」を持つ目連(モクレン)尊者は、ある日、自分の母が餓鬼道に落ちて苦しんでいる姿を見てしまいます。なんとか助けたいと思った目連尊者は、自分の母に神通力で食べ物を届けようとしますが、すべて燃え尽きてしまって母に食べてもらうことができません。悩んだ目連尊者がお釈迦様に相談すると、お釈迦様は次のような教えを説きました。「お前の母が餓鬼となったのは、お前を可愛いと思うあまりお前の幸せだけを願い、他の子ども達をないがしろにしたからである。」「母を助けたいと思うのであれば、自分勝手な母の行動を代わりに詫びるようにしなさい。」「7月15日に修行を終える修行僧にご馳走を施してお経を唱え、すべての霊を心から供養しなさい。」目連尊者がお釈迦様の教えに従って供養を行ったところ、苦しんでいた母を無事に餓鬼道から救い出すことができました。盂蘭盆会というこの法要がのちにお盆となって現代に受け継がれており、「多くの人に食べ物を施す」「餓鬼を供養する」という教えからお施餓鬼の法要が行われるようになったという説です。
など、多くのことが学べるのがお施餓鬼です。
人とのつながりが希薄になっている現代社会では、なかなかお釈迦様の教えを知る機会がありません。お施餓鬼を通じてお釈迦様の教えをたどり、我が身を振り返るのもお施餓鬼の法要の大切な目的となっています。お施餓鬼の意味を知っていくと、あらためて供養の大切さや学ぶべきことがわかります。餓鬼となった霊を救うことは、名も知らない霊のためだけではなく、自分自身のためでもあるのです。忙しい毎日を送っていると、なかなか自分自身を振り返る余裕がありません。お施餓鬼に参加することは、他人への思いやりや自分自身に向けられた優しい心に気づける良いきっかけとなることでしょう。
令和4年7月
日蓮宗 顕正寺 住職 吉田本晃