研修医宿題
CO2ナルコーシス(Carbon dioxide narcosis)
市田 美保
1.概念
高炭酸ガス血症により意識障害を伴い、中枢神経症状を伴う病態をCO2ナルコーシスという。肺のガス交換器の処理能力を上回るCO2が生産されると、CO2が過剰に蓄積し、高炭酸血症を来たす。すると、CO2の血管拡張作用(頭蓋内圧亢進作用)によって頭痛が生じるとともに、中枢神経抑制作用を来たす。同時に呼吸中枢も抑制されるのでますますCO2が蓄積するという悪循環に陥る。
2.原因
多種多様であるが、基礎疾患としては慢性閉塞性肺疾患(肺気腫、慢性気管支炎など)、気管支喘息、結核術後など肺に気質的疾患がある場合が多い。その他の原因としては、神経筋疾患、脳神経疾患胸郭変形などがある。誘因としては、呼吸器感染症、うっ血性心不全、手術侵襲、気胸などである。もっともわかりやすいのは、間違って(あるいは自殺目的で)高濃度のCO2を吸い込んだ場合である。また、CO2の蓄積を伴うII型の呼吸不全(肺胞低換気)が増悪しても、CO2ナルコーシスを来たす。しかし、臨床上でもっとも注意しなければならない点は、慢性のII型呼吸不全に対して不用意に高濃度O2を投与すると、本症を誘発することである。つまり、II型呼吸不全が慢性的に持続すると、呼吸中枢は高濃度のCO2にすっかり馴れてしまい、もはや何の刺激も感じなくなる。この状況で呼吸中枢を刺激しているのは、O2の不足(PaO2の低下)のみである。したがって、突然体内に高濃度のO2が入ってくると、その刺激が奪われてしまい、自発呼吸が停止してしまう。すると治療のために投与したO2のせいでどんどんとCO2が蓄積し、CO2ナルコーシスに陥ってしまう。
3.症状
高炭酸血症では頭痛、振戦、痙攣、傾眠がおこる。特に発汗は著明で、体温に関係なく見られる。頭痛、振戦は早期症状として重要である。頭痛は低酸素血症や高炭酸ガス血症による脳血流増加に基づく脳圧亢進によるものと考えられている。振戦は企図振戦、羽ばたき振戦など多様な様式をとる。
また、呼吸不全には電解質異常を伴うことが多く、それによる中枢神経症状が出現する。呼吸性アシドーシスでは高K血症を伴うことが多いが、この状態が長く続くと、尿中にKが排出され、逆に低K血症になる。高K血症では、知覚、運動障害が徐々に出現する。意識、精神障害は通常少ない。その他、しびれ感、灼熱感などの異常感覚と筋脱力感、筋痙攣をみる。低K血症ではときに無関心、無気力などをみる。血清Naが120mEq/l以下になると倦怠感、傾眠、異常言動や錯乱などが出現する。
4.診断
上記症状、病歴、動脈血ガス分析、胸郭X線写真などにより行う。確定診断には動脈血ガス分析が必須であり、通常PaCO2>80Torr、pH<7.30ではCO2ナルコーシスを合併している可能性が高い。しかしながら、慢性閉塞性肺疾患の患者ではこれより高くても意識障害が出ない場合がある。また、中枢神経疾患(脳血管障害、脳髄膜炎)、代謝性脳症(糖尿病性昏睡、肝性脳症、尿毒症性昏睡)、薬物中毒などとの鑑別が必要である。
5.治療方針
(1) 低濃度・低流量酸素投与
慢性呼吸不全患者では、日常的に高炭酸ガス血症になっているため、呼吸中枢の二酸化炭素に対する反応が低下している。肺疾患を有する場合、ベンチュリー・マスクで24〜28%O2を吸入、もしくは鼻カニューラでO2を0.5〜1.0L/分で吸入する。目標のPO2は50〜60Torr、パルスオキシメーターでSpO2を90%、PCO2を75Torr以下を目標とし、意識状態を頻回に確認する。
(2) 人工呼吸管理
(I) 非侵襲的陽圧換気(NPPV:noninvasive positive pressure ventilation)
患者の協力が得られるならば、専用の顔マスクもしくは鼻マスクを装着し、人工呼吸を行う。本法は気管挿管を行わない方法として注目を集めているが、適応は慎重に行うべきである。
(II)人工呼吸器管理
高度の意識障害があったり、呼吸停止があるような場合は躊躇せず、直ちに気管挿管を行い、人工呼吸を行う。その場合、急速にPCO2を低下させると、血圧低下、けいれん、不整脈などをきたすので注意を要する。したがって、人工呼吸器の設定は1回換気量や呼吸回数を低めに設定し、呼吸性アルカローシスにならないように徐々にPaCO2を下げていく。患者の日常生活時の動脈血ガス分析結果がわかれば、その値を目標値の目安にする。
(3) 基礎疾患・誘因に対する治療
(i)気道感染
気道感染が合併している場合、起因菌に対する抗生物質の投与を行う。
(ii)肺性心・心不全
慢性呼吸不全の場合は肺性心を合併していることが多いので、利尿薬やジギタリスを投与する。電解質異常があれば補正する。
(iii)気道閉塞
吸痰、体位ドレナージ、β2刺激薬の吸入、アミノフィリンの点滴静注を行う。
参考文献:
朝倉書店;内科学?
海馬書房;内科? 呼吸器
医学書院;2003今日の治療指針
April 25. 2003
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