寒かった季節から春めいた移ろいを感じるこの頃です。
3月生まれのせいか弥生は好きな季節です。お稽古に通うお茶の先生のところでは、2月は大炉のお点前といい炉の大きさが大きいもので、逆勝手でのお稽古でした。足の運びもすべて逆になりますから、頭の体操をしているようで、右左と考えながらのお稽古でしたが、それも一か月間だけのことですので、来年まで覚えているかどうか不安です。
大炉というのは寒い時期にお客様に暖かさを感じてもらおうと考えられたもので、お釜は大きくお客との位置も近くなり、炭の暖かさや釜から湯気の立つ様子を味わえます。
お茶では掛け軸やお花も、その時期に合わせてしつらえるので、いつも季節を感じることができるのは、贅沢なことでしょう。先月は古今和歌集からとった歌の軸でしたが、流麗な文字をすらすらと読めないことがもどかしく、いつも先生の説明を聞いて理解しています。
変わって3月は釣り釜を使いますが、天井から釜がつるされているので、炭の具合でゆらゆらと揺れてとても風情のあるものです。
私が身に着ける着物も、冬の間は濃い色目のものが多かったのですが、今月からは薄色が多くなりそうです。桜の着物も出番を迎えますので、楽しみが増えます。
毎日の生活では、暑い寒いはあってもどの季節に何を着ても不思議ではなく、真冬にレースやシフォンのスカートをはいたりしても、それはおしゃれということですが、お茶の世界では歴然とした季節感が残っていますので、私の感性に合っているのかもしれません。こういった世界に身を置けることの幸せをしみじみと感じます。
それも素晴らしい師匠との出会いがあったからで、田舎にいた時は大炉も釣り釜も知りませんでしたし、お茶事もありませんでした。そもそも路地を通ってくぐり戸から茶室に入るような所ではありませんでしたので、何年も習っていても全体像が理解できていなかったと言えます。
どの世界でもそうでしょうが、師匠や先生を選ぶということがこんなにも重要なことだとは、いまさらながら痛感します。
私が教えている研修も同様で、プレゼンテーションを教える前に何人もの講師の研修で勉強しましたが、琴線に触れるような講師との出会いはなく、最後と決めて受けた講師の素晴らしさに惹かれて弟子にな20年以上師事をしてスキルを学び、そこに自分らしさを加えて今日のスタイルができました。序破急の言葉通りです。
人との出会いも偶然があり必然が存在すると思っていますが、この「ひとりごと」でも多くの方々と出会いました。お読みいただいた方、メールをくださった方に心からの感謝を捧げます。
プロバイダーが無くなるということで、今月でホームページを終了することになってしまいましたが、これまでお読みいただいた皆様、本当に有難うございました。
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